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マスコミに紹介される芸術
 昨夜、画家・松井冬子のドキュメント番組をNHKで見た。
http://cgi4.nhk.or.jp/hensei/program/p.cgi?area=001&date=2008-06-20&ch=31&eid=34775
番組名は ETV特集・選「痛みが美に変わる時~画家・松井冬子の世界~」。

 夜中にやるNHKのこの手の番組はしばしば興味をそそられて、ついつい時間を忘れて見ることがある。一番記憶に残っているのは故・高橋竹山の番組だった。夜中に仕事から帰宅して、食事を取りながら見ていたらいつの間にかテレビの目の前で食い入る様に終わりまで見ていた。盲目であるという高橋竹山の姿は、本人がそれを感知し得ないからでもあろうが少しのセックスアピールをも感じさせず、現代の一般的な音楽にはそれが必須アイテムであるが故にそれだけ竹山のは純粋に音楽だけが圧倒的に迫ってくるのであり、本当に余計なものが一切ない。超自然的な何かが人というスピーカーを通じて音を鳴らしているかのようだった。番組中に映った所詮は録画である演奏だけで、津軽三味線の泰斗であるということは三味線ド素人の私にも容易に感じさせるものがあった。

 さて、松井さんの話である。自分が見たときにはすでに数分番組は進んでいた。画集の発売記念のサイン会のようなところから見始めて、すぐに代表作というものが目に入った。いわゆる「グロテスク」と呼ばれる類の内容だと思うが、なんとも流麗で怖さがない。なんとも小奇麗で恐ろしさがない。
 何かがあるからこそ取り上げられているはずなので、気にせず見進める。

 数分見ただけでも、誰でも松井さんは魅力であることを察するだろう。グラマーで、美しい。しかし、なぜあんな露出の高い服を映る様に着たり、気合の入ったメークをするんだろう。いつもそうなら仕方がないが、閉じこもったりするときもそうしているとは思えない。
 見た目だけでも、自然な姿が見られないことに違和感を感じていたら、それだけではなかった。この手の表現者には、私の様な凡庸な人間が感じ得ない様な深い思索を期待するのだけれど、どうにも話していることが薄っぺらく感じられる。無理に言葉にしようとしている感じもした。

 男性の反応はどうか、と聞かれた時に、見ていられない、と目を背けた男性の話をする。そのときしてやったり、と思ったそうだ。狙い通り、と言ったかもしれない。怒りや恐怖、痛みを美にすることが基本的な姿勢のようだが、私にはさっぱり伝わらない。どれだけグロ耐性のない人たちに向かって見せて、その反応を楽しんでいるんだろうか。グロい絵ならあれよりもっと肉感的でグロい絵もあるし。
 最近よくあるくだらない映画のCMを思い出した。試写会の終わり、出てくる人を捕まえて、「泣きました!」「感動しました!」と続けるやつである。まぁ、「つまらなかったです」と言う人を使うはずはないし。100人中5人でも、5人の反応しか見せなければ言葉を使わなくても印象を誘導できるのだし子供だましなわけで、アレを作る業者も笑えるし、またその様なCMを打っても意味のある(アガリが出る)ものにさせてしまう大衆も低俗。

 幽霊画はいい加減にしろ、と窘められたというエピソードを話していたけれど、「たまたま」書いた幽霊画から始まったキャリアの花道から、抜け出せなくなっているだけなんではないか、と思ったのは、どれも同じ様な絵だなぁと思ったから。技術的にものすごいことをしているとしても、あんな風に取り上げられるべき人なんだろうかと思った。出てくる部屋や、来ている服や、その居住まいが、非常に金持ちであることを感じさせていた。ハングリーさのない、表現者を続けるために怒りや慟哭を後付けで覚え続けたいんだ、というような本末転倒なたまに見る人と同様の印象が残った。



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テーマ:ひとりごとのようなもの - ジャンル:日記

【2008/06/22 01:05】 | 雑感 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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