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薀蓄本の中身
 
 最近、鹿島茂さんの「乳房とサルトル」を読んだ。いわゆる薀蓄本なのだが、単なる知識の披露ではなく、ある仮説に根拠を求める過程を披露し、通説とは異なる結論に導いていたり実際はこうだ、ということを取り上げていて結構楽しい。

 

 いや、ただ今日は本の紹介がメインではなく、こういう本を読んだ時に必ずといっていいほど自分に起きるもやもやな心についてがメインのお話。
 
 特に驚愕に値するほど価値観の転換を迫られたときほど、その著者に対する尊敬の念は生まれる。単純に、すごいなぁ、と。そこにいたるまで、色々な研究?をされたことの賜物だ、、と。しかし、ひねくれものの自分はいつもこの後疑ってしまう。本当にこの人が発見したのだろうか?と。特にその驚きの情報が、何かの文献に載っていた、とか誰かが書いた本で触れられているとかそこから導いた話であると、まさにその時自分が手に取っている「本」が、最初に指摘をした本なのだろうかと気になりだす。もう誰かが指摘した後なんじゃないの?とか。

 特に人生お悩み相談系の本にあっては、単なる人生訓の焼き直しであることが多い。その人の言葉で書いたようであっても、実際には1000年前の哲学者の言葉だったりする。でも、現在本を読む人がそれを知らなければ知らないほど、感心させるし、本も売れる。要は馬鹿相手の商売は儲かるということなんですかね。
 以前、柄谷行人(とその周辺)が必読書○○(○○は冊数)とか古典の紹介本を出していたとき、その中で「現在を批評するには、当然古典を知らなければいけない」(大意)というようなことが書いてあった。いくら古典が、現在通用しない内容を含んだものであっても、現在は古典を通じて成り立ったものなのだから、より正確に批評をするには、やはり古典を知らなければ、片手落ちなのだ。今を改革する政治家であっても、歴史を知らなければ話にならないし仕事もできないだろう。

 自分を含め大衆とは馬鹿の集まりと上層の人たちに思われて扱われているのだから、一刻も早くそれに気付いて自己防衛しないといけない。



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【2008/04/19 19:04】 | | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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