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歴史的録音
あぁ、またやってしまいました。忙しさに感けて、また放置されたブログ、、。

 先日、ひょんなことから仕事上で知り合った、某銀行の役員の方。最初は仕事の話をしていたのですが、私が以前は音楽の仕事をしていました、と言ってからが大変、その方は絵に描いた様な昭和クラシック大好き親父だったのです。もう同席していた先方の営業員なんていないも同然で音楽の話に。

 とても楽しく、ヨーロッパの音楽周遊の話など、沢山の興味深い話を聞かせていただきました。その話の途中で植村攻さんを知っているか、と聞かれました。正直知らなかったのですが、20世紀の中期に海外で仕事をされ、その傍らコンサートに行きまくったという当時の日本人としてはかなり希少な存在の方なんです。

 本をプレゼントする、と仰るので、恐縮して当然自分で買います!いただくなんて、、と話したのですが、翌週、本当に営業さんを使いに差し向けられ、受け取ってしまいました。

 正直この手の本は、あまり読んでこなかったのです。よほどの実用性がないと、読む気になれないし、また実際の鑑賞にそこまで役立たないと思っていたからです。しかし、読んでみるとこれが面白い。非常に古い録音しか残っていない指揮者の名前は知っていたけれども、実際にそんな録音を聞くにはなれなかった。音悪いんだもん。という感じ。でもこの本を読んで一気に印象が変わった。聴いてみたい!と。

 何よりもこの植村さんの記憶力に脱帽する。色々の当時の資料等、もちろん検証された上で書いているのでしょうが、それでも尚、驚愕に値する。指揮者の立ち居振る舞い、まさしく一挙手一投足を生々しくよみがえらせる。さまざまな表現を見るに付け、あぁ、このワーグナーはどんなにすばらしいのだろう、と想像して、普通のCD屋では置かないような、歴史的録音に手が伸びるのだ。思い出して聴く人にはよいけれど、初めて触れる方としてはなかなか聴きづらい。でも本に沿って確認していくのは、とても楽しい。


 とここまで書いて思ったこと。伝説、って非常に簡単に使われます。最近。奇跡の~とかも。しかし、記録媒体の進歩が激しく、もはや重要な出来事はカメラに収められる時代になってしまって、もはや「伝説」なんかなくなっている。どうにか追体験ができる程度の、限界だらけの音源や映像を見て「こんなもんか」とあっさり流される。自分も含めて、未熟な判断しかできない者が簡単に映像やCDを手に入れて、簡単に評価して、簡単に良し悪しを決めてしまう。もちろん、どんな人にとってもその時点でできる限界は常に限界として存在して、それ以上の判断・評価を下すことはできないのだけれど、「好き」か「嫌い」かだけで取捨してしまっては、自分の批評能力や、聴く力は伸びないではないか。自分が理解できない何か、をせめて存在だけでも感じ取って、嫌いだけれどこれはすごい、引き続き追求してみよう、と余地を残すべきだと思う。

 だから、植村さんのような話が、とても大切なんだと思う。それ自体(この場合音楽・音源そのもの)ではなく、それがどのような捉え方、聴き方をされたのか、背景にあるもの、そういったいわゆるその場の空気というものを、少しでも感じるべきだと思う。そうでもしなければ、無理解なまま放り投げてしまうことしかできない。

 世界で最初に発明されたもの、車や飛行機、機関車らを見ればよくわかる。どうにか残った写真を見ると、なんともみすぼらしいではないか。でも、それを見て馬鹿にするだろうか。子供でもそんなことはしない。まぁかと言って偉大だ!と大げさに思うことも少ないけれど。

 音楽にあっても、少し聴いてノイズが多いだとかスピードが変だとか音程が変だとか、それだけで捨ててしまってはもったいない。今の巨匠達の演奏はそれらの演奏の積み重ねや発展したものなのだから。
 
 まさしく伝説、として聞き伝わったものは非常に強力な力を持って、イメージにこびりつく。この伝説、もっと大切にしないと文化って衰退しそうだ。

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テーマ:音楽のある生活 - ジャンル:音楽

【2007/12/31 01:07】 | 音楽 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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