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キシェロフスキ 『終わりなし』
 
 昨日、仕事終わりでラーメン二郎に突撃するも(空いているだろうという推測)、あえなく盆休みで撃沈。はぁ。それでも、せっかく歩いたのでどこかで食事をすることに。

http://r.tabelog.com/tokyo/A1314/A131405/13017633/dtlrvwlst/2112/

 ふらついた末、インパクトのある居酒屋『落武者亭』にたどり着く。その玄関に物を積み上げるところに、ちょっと危ない感じを覚えるも席が空いているらしいことを確認して入る。ご夫婦が切り盛りする常連が毎夜集うザ・居酒屋と言う感じのお店。

 カウンターは常連さんがだべっているからか、奥の大人数用(6人)のテーブルに通される。滅多に新顔は来ないんだ、という雰囲気が(常連さんがメニューなどを教えてくれたりする)入ってよかったか悪かったか考えさせられたけれど、食事がおいしい。その日あるものだけを、オススメメニューとして出している模様。だから、頼むものの半分は無かった(笑)食べログの点数が思ったより高い。

 ご夫婦の切り盛りを見ていて、どちらかが動けなくなったりするとどうなるんだろうとかいつも考えてしまうんです。

 で、この間貯めていたDVDからようやく見たキェシロフスキの「終わりなし」を思い出した。
 
 有能な弁護士の旦那と、つつましくも順風満帆の家庭を築きつつあった主人公の妻、ウラ。その旦那の突然死から人生がガラっと変わっていく。激しい虚無感と喪失感に苛まされながら、旦那の仕事上の関係から巻き込まれた政治的闘争に力を貸すものの、、。「霊」として現れる旦那に呼ばれるように、最期の決断をする。
 
 特別なストーリーを与えず、ただ淡々と事実が追いかけられる映像に、徐々に目が離せなくなる。途中の裁判やなんやかやには、あらゆる解釈が可能で、何でこうなのか?これが映った意味は?とか一々意味を考えるものの、何も答えは見えてこない。多分、ウラが何かに意識を取られながらも、結局は通奏低音の様に良人の事が流れ続け、物事には何も意味が与えられないというような虚無感に、見ているこちらもさせられているんではないかと思った。
 
 既にみた他の映画ではフランソワ・オゾンの『まぼろし』がどうしてもリンクしてしまうが、こちらは旦那はより単なる「幻影」として表現されて、精神的に偏執的になっていく女性を描いていた。ウラはあくまで社会にとどまって、最後までどうにか死を受け入れて"生きよう”とするが、突然の結末を断ずる。


 ありふれた、誰にでも訪れるテーマだけれど、見せられ方が変わると、こちらの考える角度や密度も変わる。

 



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テーマ:映画感想 - ジャンル:映画

【2009/08/15 14:03】 | 芸術一般 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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