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薪能@川崎大師

 先日、川崎大師で行われた薪能(たきぎのう)を見に行ってきました。

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 まだかなり明るくて、幽玄というには足りない感じですね。

 屋内の能楽とは違って、値段も安く、比較的見やすい薪能。せっかく近くでやるというのでちょっと早引きしました。
 
 能についてはテレビで見るくらいでほとんど知識がないので、観世兄弟が参加といわれても凄さがピンとこないのですが、とにかく期待していた世界が、そこにはありました。ほとんどミニマルミュージックに近いシンプルな伴奏と、日本語古来の抑揚。極限まで省き研ぎ澄まされた内省的な舞いと動き。大衆・世俗的なものにどうも嫌気がする自分が歌舞伎にどうしても馴染めずにその代わり能に惹かれる理由がはっきりとわかった。
 すでに古典となった歌舞伎においてさえ、自分の大衆性に対するほとんど脊髄反射に近い警戒心が同様に働く事に驚きながらも(だって、今現在歌舞伎が「大衆的」なものだろうか?)、すっと腑に落ちる感覚があるのでありました。
 
 今回の公演で印象深いのは舞囃子「紅葉狩」、狂言「墨塗」。紅葉狩は面がなかったのだけれど歌、鳴り物(伴奏)、舞と全てが配された凝縮の曲。初見ながら感動するものがあった。今後の一つの鑑賞の方向性が決まった感がある。残念ながら詩の内容がわからなかったのですが。。
 狂言は今日でいう喜劇、コント。こちらは言葉も聞き取り易く、話の筋がよくわかったので他のお客さんと一緒に笑えた。実に古典的で今更感たっぷりな笑いどころなのですが、振り、ボケ、落ちがしっかり構成されているので、自然とおかしくなって笑ってしまう。最近の使い捨てコンタクトみたいなお笑いのつまらなさが生き生きと自分の中で対比される。

 ところで薪能について調べると、ウィキペディアには以下のようにある。
 「薪能(たきぎのう)は、主として夏場の夜間、能楽堂、もしくは野外に臨時に設置された能舞台の周囲にかがり火を焚いて、その中で特に選ばれた演目を演じる能。「薪の宴の能」の意。起源は平安時代中期にまで遡り、奈良の興福寺で催されたものが最初だという。興福寺では、現在5月の11日、12日に薪能が行われている。ただし興福寺では薪御能(たきぎおのう)と呼ぶ。また、薪御能の源流はあくまで神事・仏事の神聖な儀式であり、野外で薪を燃やせば薪能になるのではないとしている。」
 
 むむ、前日には例の阿修羅展を見に行ったばかりなんですが薪能の起源は興福寺とな。この妙なシンクロニシティのもたらすものとはなんぞや、、。先週のバッハに続きなんともクラシカルな日々であります。。

 

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テーマ:伝統芸能 - ジャンル:学問・文化・芸術

【2009/06/01 01:16】 | 芸術一般 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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