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美術展の商売
 先日のハンマースホイ展を見て。
 http://kogumamonolog.blog107.fc2.com/blog-entry-125.html

 展覧会のカタログを画集として買おうと思っていたのだけれど、最終的に買う気になれなかった、という話。

 前回の絵画の鑑賞はフェルメール展であった。
http://kogumamonolog.blog107.fc2.com/blog-entry-98.html
 この文章でも触れたのだけれど、実際の絵画と画集の差、というものを無視できなくなってきていたのです。これは多少なり絵を見るようになってきて、目が慣れてきたことの成果だろうとは思っている。

 CDを始めとする音源が、実際の演奏に対して実にいかがわしい存在であることと同様に(それでももちろん、完全に一期一会の音楽の場合不可欠なものです)、絵画そのものに対して、プリントされたコピーがやはりいかがわしいものだとしか思えないということなんだと思う。

 だから、珍しくソファに座り、たまたま置いてあったカタログ(画集)見本を開いて、文字通りたった数分前にいいなぁと思って見た絵を見つけた時、その生々しいまでのオリジナルとコピーの差が、質感の違いが、より一層幻滅をさせた。これを買って、家に帰って、徐々に薄れる記憶がこのコピーに取って代わられるのかと思ったらとても買う気になれなかった。
 それならばせめて、後年たとえ単に良かったなぁ、という程度の思い出しかなくなっても、こちらの方が芸術体験としては自然だろうと思う。
 
 そして、あるとしたら、この逆でしょう。画集を買うしかないから買って、絵と画家の勉強をして、興味を深めて、それで見に行きたいから現物を見に行く、という。
 だから会場でそのカタログと称した画集を売るとは、言語道断の行為なのではないかとすら思ってしまった。


 最後に、会場でグッズ(絵葉書とか)を購入したのは数年前のエッシャー展だった(渋谷文化村)。それ以来、画集を買うことはあってもグッズを買うことはなくなっていた。これはなんとなくそうなったのだけれど、その原因も今回はっきりと意識できた。
 単なるデザインを超えた、芸術として扱われる最たるもの(まさにその部分に金を払って足を運んでいる!)が、紙に、安い陶器に、そしてビニールに「ただ」プリントされるという醜悪な行為に、嫌悪感があったのだ。大抵、子供の頃遠足で買い求めたお土産の「通行手形」や十手の類のように、絵葉書は実際に活用できるし人にあげることになるのでまだしも、マグカップやらクリアファイルやTシャツなどは買って後日、実際に使う機会にかなり乏しく後悔めいた感情に襲われるものだ。

 また、催事場限定販売!と称して数万円するレプリカを売っているのはこうした場ではよく見る光景だけれど(そしてこれから見る者の見栄をくすぐるために売れた枚数分のシールが貼られる)、あれらハンマースホイの印象的だけど無機質な「室内」風景画を、自分の家の「室内」に飾ろう、だなんて悪い冗談にしか思えない。勿論、見栄えがするならよいけど、何か変ではないですか。喫茶店を飾るために、別の喫茶店の店内写真がかかっていたら、僕は笑ってしまう。

 
 色々と考えさせられる一日でありました。

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テーマ:美術館・博物館 展示めぐり。 - ジャンル:学問・文化・芸術

【2008/12/07 01:46】 | 芸術一般 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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