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dolls:北野武
 今更、本当にいまさらながら北野武のDollsを見た。同僚がDVDを貸してくれたのだ。

 特別に避けているわけでもないのだけれど、キタノ作品を見るのはhana-biについでこれで二つ目。

DVDのパッケージを見ても、中のインタビューを見ても、ヨージヤマモトの存在感がデカすぎる。ヨージヤマモトという存在が、そもそもビッグで映画の中に入り込んでしまう。せめてクレジットも最後に出すとか、工夫してほしかったなぁ。いや、とても衣装は良かったと思う。
 衣装は四季と一体化していて、文楽人形である佐和子と松本が道標になるように幻想的に現実を舞って、それに他の二組の男女が磁石につられるように運命に翻弄される(佐和子も松本も翻弄されているはずなのだけれど)。

 映画を云々できるほど見ているわけではないけれど、よき時代のフランス映画を見ているようだった。無意味で、存在感のあるカット。話のつじつまを合わせないでそのまま進めてしまう(特に佐和子と松本)ところなどは、ポップコーンとSEXに洗脳された映画ばかり見ている多くの日本人には理解しにくい(良いと思えない)のではないだろうか。

 あれらは、ああいう風に撮ることでしか表現ができない(もしくはそうするのが最も分かりやすい)からその様に撮られるのであって、言葉で説明がつながらないから云々というのは、そもそも映画なんてものを見る必要もないし、誰かの伝聞で十分。だから、誰かの「泣いた!」とか「泣ける!」という究極に平準化された文字・言語表現が、今日の売上極大化のみを目指す映画呼び込みにおいては重要な意味を持つのではないか(もう一つ。だからこそ、マンガだったものを映画、ドラマ、小説、あらゆる形式に置き換えようという発想が出てくるのではないか。本来はそれそのものの姿でしか成立できないデリケートなものなはずでしょう?)。自分が泣くかどうかなどどうでもいいし、泣く、ではなくて、あるのは泣いてしまった、という事後認識だけなはず、、。よって、泣けたとか泣けなかった、とかあらかじめ設定されたチープなお題目に沿った感想しか持ち得ない。

 かくいう自分も邦画を見ている量が洋画に対して絶対的に少ないし、もっと入り込んで行かないといけない、。自戒を込めて、自分の感情の乏しさにムチを打つようにしてもっとアンテナを広げていようと思うのでありました。

 
 

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テーマ:ひとりごとのようなもの - ジャンル:日記

【2008/11/11 00:36】 | 芸術一般 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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